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こんなにも美しい涙

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日本時間昨日の早朝にあったソチオリンピックフィギュア女子フリー。 真央ちゃんはその前日のSPでまさかの 16位。 どれだけ失意でいるだろう、何度も転倒したというコメントをラジオで聞いていたので かわいそうで テレビは全く見なかった。 たった一日で どうやって気を取り直すことができるか・・・・ 心配だった。 それが・・・それが・・・・なんと自己ベスト最高点をだし総合6位になったという。 それを聞いて安心してフリーの演技の録画をじっくり見た・・・・・ 難度の高いジャンプ6種 8回すべて完璧!!!! すばらしかった! 終わった時の 真央ちゃんは天を仰ぎ 大粒の涙を流した。そしてすぐに笑顔を取り戻し 観客に向かって 笑顔で答えた。 メダルなんてどうでもいい、4年間努力してきたことをすべて最後に出し切れた!って素敵なこと。 実力がすごくあるということの証明にもなった。 金メダル以上 “真央ちゃんが一番” の証明になったよ。 日本中の人が感動のもらい泣きをしたと思う。 何度見ても胸が熱くなる。真央ちゃんありがとう。 ラフマニノフの交響曲2番、この曲はラフマニノフが交響曲1番が失敗作として叩かれ 自信を喪失し どん底から立ち直っての曲だという。 真央ちゃんはその旋律にのって 美しく舞った。 ジャンプもすばらしかったが 終盤の舞は リンクの上で鳥になっているかのように感じられるほどの素晴らしさっだ。 終わってからの記事によると 佐藤信夫コーチがSPとフリーの点数配分を説明し 「まだ三分の二が残っている。気合を入れて」と強くしかったらしいが 本人はやはり逃げ出したいような気持ちだったという。 察するにあまりある。 コーチによると真央ちゃんは決して能力が高かったわけではない。という。 努力の人だそう。 オリンピックの前に真央ちゃんは何度も「これまで自分がやってきたことを全部出して楽しく滑りたい」と言っていたが その通りになったね。 感動をありがとう! 一生懸命やることがどれだけ大切か…ということを教えてもらった気がする。

まさかまさか・・・・・

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日本時間では夜中に行われるのでテレビを見るつもりはなかったが朝早く目覚め ラジオをつけたら ニュースではなく番組の途中で視聴者からのメールを読み「真央ちゃん、がんばったのに・・・・」と聞こえ、「やっぱり?キムヨナに負けたの??」と 思ったがなんと 転んでしまい ショートプログラム16位だという・・・・ ダメだった・・・・と聞いても2位 ? 3位 ? と思ったのに・・・・ かわいそうでテレビも見る気になれなかった。 震える声で「自分でも何が起きたのかわからない」と。 みんなが期待していた。 絶対 ! とは思わないでもひょっとしたら真央ちゃんが金 ! と思っていたはずだ。 日本人なら誰も真央ちゃんのことを嫌っていない、と思う。 たとえ興味もなく応援もしていなくても 嫌いではないだろう。 今回の曲を選んだのは数年前に40台で亡くなった母親にささげるつもりだとか。 天を仰ぐポーズがある。 昨日の夕刊に編集委員の西村欣也が 「浅田真央よ、頑張らないで」との記事を載せていた。 これが僕のエールです、と。 【浅田はもう十分忍耐して努力してきた。 本番でどこまでも忍耐して努力する必要なんてない。 自分の演技を披露して観客と一緒に楽しめばいいのだ。 他の選手の演技はコントロールできない。だから、優劣や順位を考えることに意味はない。自分の演技を楽しむことだけに集中すればいい。】 そうだ、日本中の皆がこのように思ってあげてほしい。 私が中学の頃の体育の授業で「オリンピックは参加することに意義がある」と習った。 それなのに このごろあまりにも メダルメダル、と騒ぎすぎていないか・・・・ もちろん メダルをとればうれしいに違いないが。 ほんとうだ~勝たなくていいのよ~~あなたは かわいらしい顔でそしてしっかりした受け答えで日本中に夢と希望を与えてくれたんだもの・・・・それだけで十分。

団体の銅メダル

ソチオリンピックジャンプ団体競技で 日本選手銅メダル。 個人では 銅メダルを取り 表彰式でも満面の笑みだった葛西選手が 涙をこらいきれず ボロボロ泣いた、 難病の疑いがあるという竹内選手、足のけがの痛みをこらえて出場した伊東選手、など「みんな万全でなかった」とそれぞれ苦しいながらの受賞で 自分の銀では泣かなかった今回の葛西の涙。 今回のオリンピックでなんといっても葛西選手がたくさんの感動をくれた。 今日の天声人語では 16年前の長野オリンピックの時のことを次のように記している。 ≪  同じ釜の飯を食った仲間とはいえ、別の首にかかった金メダルは悔しさ以外のものではなかったという。 日本チームの活躍に沸いたジャンプ団体で葛西選手は出場メンバーからはずれた。歓喜の輪の中で泣いた悔しさを薪にかえ、もやしに燃やしてつかんだ41歳の銀メダル。 人間、他人を励ますよりも 自分を励ます方が大変だ。 度重なる五輪での失意や苦境を乗り越えての 大器晩成のメダルが光る  ≫ そして映画の寅さんのセリフを引用して 「あぁ 生まれてきてよかったねって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねぇのか」   と。    

ぶれない強い心

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ソチオリンピックのスキージャンプで葛西紀明選手が個人で銀メダルをとった。 悲願のメダルである。 7回連続のオリンピック出場も素晴らしいが どうしてもメダルを取りたい、という信念はすごいものがある。 悔しさをばねにメダルに向かって日々精進してきた賜である。。 ひそかに応援してきた。 貧しい家庭で母親が苦労して育ててくれたことや 妹さんが再生不良性貧血で苦しんでいるのをまじかに見たことから 「自分の苦しみなんてとるに足らない・・・・」と努力を続けてきたらしい。 今回もソチ入りしてからも腰を痛めていたらしいが それらすべてを 力にして素晴らしいジャンプ!! 表彰台でも葛西選手はジャンプして喜びを表現したらしい。 「絶対メダルをとる!!」と強気ではあったが 風にも影響されるし どんなアクシデントがあるか分からないし 本人も 実際にメダルを手にできた喜びは格別だったのだろう。 オリンピックに対して 他の人のようにそれほど思い入れもないが 葛西選手に関しては 10代の時から メダルを目指していることを知り ぜひ 表彰台に立ってほしかったので 今回のオリンピックで最もうれしい出来事だ。 これはメダルをとる前 べソチ入りした時の画像 フィギアスケートフリーで金メダルをとった羽生選手も 日本で見ている時にはあまりにもきれいな顔をしているがためにあまり好きになれなかった。  でも表彰台で見せた素晴らしい素直な笑顔! そして 「東北の人の力になれば・・・」とのコメントを聞いて この素晴らしい選手も素直にたたえたくなった。

牛乳パックで小物入れ

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高齢者を対象に市が行っている「折り紙教室」に 5,6年前から通っている。 ほとんどは 次の年のカレンダーの図柄を丸い折り紙で色画用紙に貼る作業だが 先生が次々と楽しい手作り作品を教えてくださる。             ♪.:*:'゜☆.:*:'゜♪.:*:'゜☆.:*:・'゜♪.:*:・'゜☆.:*:・'゜♪.:*:・' 昨日は 牛乳パックで小物入れを作った。 この小物入れは以前友人が手作りのクッキーをこのタイプの入れ物に入れてプレゼントして下さり   大いに感激したのを覚えている。 ただ、紙袋だけに入れていただくよりよほど価値が上がる。 見よう見まねで自分でも有り合わせの紙を貼り いくつか作って 手作りの干し柿を入れて何人かのプレゼントに利用した。 今回先生はさらに丁寧に きれいな紙を両面テープで張る作り方を教えてくださった。 やはりきれいな紙だと映えるが それ以外にも家にあった包装紙でも作ってみた。   この小物入れはあまり難しくなかったが この前に習った折り紙のリースはとても大変だった。 先生のを見せていただいた時には「わ~かわいい!!」と思ったが 自分で作ったのは あまり上手に出来なかった。 これはもう一つ作ろう!という気持ちにはなれない(*^_^*) 一つ一つの花びらのうち一枚だけピンクの濃いめの色にしてあるが その効果もあまりわからない  (ー_ー)!!

認知症って改善するの??

これまでの常識として 早い段階で治療薬を服用すると 認知症の進行を防ぐことができる、と思われていたが  NHKのクローズアップ現代 で フランス生まれの「 ユマニチュード 」という方法が紹介され 認知症患者がわずか数十分で改善が見られた、例を見て びっくりし 涙が出てきた。 フランスでは35年も前から研究されているという、 《 患者さんとのコミュニケーションを豊かにすることにより 症状を改善しようとするもの 》である 。 認知症の患者は 【記憶する機能が弱まり 自分が置かれている状況がわからなくなり それにより 暴力や暴言、不眠やいらだちなどを引き起こしている】との考えから次のような4つの観点から 患者さんと接することによって 改善が見られる、というのだ 【見る】 ベッドのわきから見下ろすのではなく本人の正面から近づき見つめる 【話す】相手が心地よく感じる言葉をやさしく話しかける 【触れる】 手を握るのではなく 相手の動作がしやすいようにやさしく触れ 下から支える 【立つ】人間は立つことで筋力が鍛えられ 呼吸機能の劣化を防ぐ ◎そばに行って話しかけるときにも 立ったままでなく かがんで下からやさしい言葉で話す ◎タオルで体をふくときなども 「今から暖かいタオルで・・・」とか【横を向いてもらいますね~】など声をかけながら作業を進める・・・・・                          etc. 実際の患者さんにこの方法で接している場面が放送された。。 それまで家族に対しても暴言を吐いていた男性が ほんの 10分程度で きちんとした言葉で応対するようになり ついには  ピース!   まで・・・・・ 「何もわからない」などと思ってはいけない!! きちんと接することによって 患者さんが ここまで相手にきちんと対応できるのだ!と感動した。

余命あとわずか…と言われたら

登山家田部井淳子さんは 今癌が寛解状態だという。 数年前にも乳がんの手術をしているのに 2012.3には 腹膜に癌ができていて 最初の医院では「余命 3か月」と言われたそうである。 その時にもあまり動揺することなく「70歳過ぎていてよかった~」と思ったとか。 二つ目の病院では「今は良い薬も出来ているし 頑張りましょう!」 と言われ つらい治療をすることになったが 抗がん剤がよく効いて みるみる癌が小さくなっていった・・・と言うから 人間の体はやはりわからないことが多い。 そして自分で「騒ぐな,オタオタするな、現状を受け入れ 一番いいと思うことをやれ」と 腹をくくったそうである。 すごいな~ 夫や息子さんたちには話したが友達はもちろんお姉さんにも知らせなかった、という。 本人によると「どう?」などと聞かれるのが煩わしい、という思いもあったようであるが その間も治療の合間を縫って 講演にも出かけ 山も登っていたとか。 一番つらい時には家の階段も四つん這いであがったこともあったというのに・・・・ 元新聞記者で 田部井さんとも山を共にしたことのある女性が   田部井淳子 さんのことを次のように記している。 【日本は超高齢化社会に突入し 世には晩年のあり方を模索している人が増えている。 病気との対応、、自分の人生の終わり方、、悔いのない終わり方、静かに枯れるのか、最後まで燃えるのか・・・・etc. 厳しい登山実践から得た知識を彼女は  生活哲学に当てはめて 潔く対応し 時代の要請にこたえようとしているのではないか・・・」