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棋録 !!

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毎年発表される「創作4字熟語」にはいつも感心し、楽しませてもらっている。 今年春ころから 将棋で連勝を続け 29連勝を成し遂げ その後も次々と強い対戦相手と勝負し これまで将棋には全く関心のなかった人にまでハラハラドキドキと 楽しみを与えてくれた 藤井聡太君 。  昨日は朝日杯将棋オープン戦で史上最年少で本戦に出場することが決まったらしい。 そして滋賀県出身の陸上選手 桐生祥秀選手 は100m走で今年日本人初めての10秒を切る記録を出した。 暗いニュースが多い中で 世間知らずの私でさえ、うれしいニュースだった。 創作4字熟語の入賞上位の中にも この二人に関する熟語がいくつもあった。 棋聡天才  (キソウテンサイ)        奇想天外 連聡棋録  (レンソウキロク)        連勝記録 桐走十内   (キソウテンナイ)       奇想天外 九九八新   (キュウキュウハツシン)    緊急発進   桐生選手の記録は 9秒98!! それ以外にも面白いのをいくつか・・・・ 蟻来迷惑  (アリキタメイワク)     有難迷惑   船舶からのヒアリの侵入について・・・ 荷労困配  (ニロウコンパイ)      疲労困憊   ネット通販のせいで 疲弊している宅配業者について J音無事  (ジェイオンブジ)      平穏無事   国民に緊急避難を呼びかける Jアラートを・・ 閉口雨読  (ヘイコウウドク)       晴耕雨読   夏には各地で長雨にたたられた 万事虎風  (バンジトラフウ)       馬耳東風   トランプ大統領の振る舞いに 慣れてしまって・・・ 映利多売  (ハエリタバイ)        薄利多売   食べ物も観光地もインスタ映えしないと・・・ 便教熱心   (ベンキョウネッシン)     勉強熱心   うんこに関する問題ばかりの感じドリル!! 珍文漢糞  (チンブンカンプン)       珍紛漢紛   これもうんこのドリルが流行ったので・・・ 亀捜園外  (キソウエンガイ)        奇想天外   動物園からゾウガメが脱走し 50万円の懸賞金がかけられ 見つけられた こうしてみると 今年一年のいろいろなことが思い出される。 政界のことの創作熟語もいろいろあったが 

発祥の地!!

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ほぼ20年前に この野洲の辻本さんが考案したというフリーピンポン、名前は知っていたが どのようなゲームなのか知らないまま これまで来たが 数か月前に近所の人に誘われてやってみることにした。 この辻本さんと言う方は わずか1㎞しか離れていないところに住んでおられる。 来年90歳になられるということだが 初めてお会いした時には やはりご自分が考えられたスポーツが全国に広まっておられることを自慢げに話され それ以外にも昭和36年に 小学生の登校時の交通事故対策として黄色い帽子を考え提案されたそうで そのことも自慢された。 このフリーピンポンとは 普通の卓球台を使うが ラケットは大きめ、ボールはテニスボール大のスポンジボール。 通常の卓球では対面する相手との競争だが、このゲームは4人のチームで協力して、どれだけラリーを続けられたかを競う ニュースポーツ。 そのため、相手の力量や能力を考えて、取りやすいところにボールを返していく『相手の立場に立ったプレーが重要』とのこと。 辻本さんは  相手を負かすのではなく、協力し合って楽しむということから幼い子から高齢者まで楽しめる、それを狙いとしている ということを何度も強調された。 運動神経の鈍い私は 小学生のころからクラス対抗のドッジボール大会で活躍する級友をみながら 「生まれ変わるときにはスポーツが得意になりたい」などと思っていたこともあったっけ。 だから フリーピンポンを体験させてもらって 大きめのボールをラケットに当てて打ち返すだけのこのゲームがとても気にいった。 30年ほど前に住んでいた団地の仲間(現在も同じ団地にいるのだが)3人で ポーン!ポーン!ポ~ン!と打ち合って 打ちそこなったら 「ごめーん」「あっ またしっぱーい!」などと言いながら 笑い転げ楽しんでいる。 滋賀県大会はすでに14回 全国大会は9回だそうである。 黄色のそろいのシャツを着て試合をしている様子の写真を何枚か見せていただいた。 試合をするときには 時間(たしか  15分間?)ではかり  何回ラリーが続くかで争うらしい。 過去の成績表を見たら 一位はなんと1,300回を超えていた!! となりの守山市のグループも 長年4人が同じメンバーで出場して好成績らしい。 そのうち方は 回数を稼ぐため ポンポンポンポンポンポ

貧困(?)な発想

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自然観察の森の12月例会。 数日前から悪天候の予報だったが 雨や雪は降らずホッとする。 しかし、寒い!! 寒がりの私は背中に使い捨てカイロを2個貼ったが 若いSNちゃんはなんとダウンを2枚重ね。HGさんはズボンの上にダウン入りスカート。 皆それぞれに寒さ対策をして 子どもたちを迎える。 観察の森の通路にまず「 チョークアート 」 これまでのメニューと違うので 子どもたちが 張り切って張り切って 絵が得意な子は 通路に絵を描くし 葉を集める子は何度も「○○にはモミジがあるから‥」とバケツを持って走る走る。 昨年までの5年間はほとんど同じメニューだったので 長年続けて来ている子どもたちは ちょっとマンネリ化していたのかも? 「楽しいね」と言いながら 張り切っている子どもたちを見るのはうれしい。 たまたま 一緒のグループにちょっと発達障害の子がいたが 落ち葉の上にサザンカの花びらを置くと 赤いのが目立ってきれいなので サザンカの花びら集めに熱中! 「もう一回行こう!」と誘われて ちょっと離れたところへ 落ちている花びらや落ちそうな花びらを拾いに行っていたので 残念ながら 4グループのチョークアート作品の画像を撮ることが出来なかった。 見えにくいがこの落ち葉(大木を表している)の上に サザンカのピンクの花びらを散らしてある 平成29年の下には JVR の文字 ほかに 落差の大きい滝を描いたものもある。 そのあとは研修室で「 コラージュアート 」 好きな色の色画用紙と 色紙、広告のチラシなどを自由に使って 一つの作品に仕上げる。 「できれば 自然に関することをテーマに・・・無理ならなんでもよい」と言うことだったが 頭が固くて 何をどうすればいいものやら・・?? 「12月だから サンタクロースを書くから‥」と最初から黒い紙を持ってきてさっさと作り始める子もいれば 「国宝の彦根城を・・」と城の堀と石垣をどんどん貼っていく子など・・また ゲームのチラシの中から ゲームをぺたぺた貼っていく子。 私は黄色の色画用紙を持ってきたが 全く何を描けばいいものか・・思い浮かばない。 年齢のせいではなく 昔から自由な発想ができなかったが 1時間足らずで作品なんて出来っこな

いっぽ

ラジオ深夜便で 素敵な声で話しておられる女性の声に聞きほれた。 深夜便は 眠れない人や早くに目が覚めてしまった人に聞いてほしい と言う放送だろうと思うが 度々 むしろ聞き逃さないように しっかり目が覚めてしまう。 50歳の女性がこんな話をしていた。 三番目のお子さん(おとめちゃん)が重度障碍者で  口唇口蓋裂を持ち 眼球が全くない、手足にも奇形もあり 知能の状態もわからなかったそうである。  「おなかの中で自分はこの子に何をしてしまったのだろう」と 罪悪感になやまされ、 出産後 何日も泣いて泣いて暮らしたそうである。 おとめちゃんは 幼い頃には入退院を繰り返し 少しずつ食べることもできるようになっていくが 世間の冷たい視線や 『親のせいでこんな子が生まれた』などの 心ない言葉も浴びながら 二人の上の子も育てていき 試行錯誤を繰り返していく中で「この子の笑顔はこんなに素敵!!」と気付く。 そして 「 自分がいなくなっても世の中でこの子が育っていく環境を何とかしてつくりたい 」 と言う思いでがんばっている中、 いろいろな人との出会いで 今回 高知県に重症児のディサービス施設『 いっぽ 』の建設を実現した、と言うのだ。 そして こんなことも言っていた。 「日々育てている親だけが感じることかもしれないが 重度の障害を持っていても 必ず少しずつでも成長していることを感じさせられる(◎まばたきができるようになった◎笑顔が・・などなど)」 「 この子がいたから たくさんの人と出会えて 自分も成長させられた 」 最後にインタビュァーの 「お母さんにとって おとめちゃんは どんな存在ですか?」に対して 「師匠です」と。 たしかに いろいろな人との出会いは大切で 自分を成長させてもらえる、と感じることが最近は多い。       ☆☆☆    ☆☆☆    ☆☆☆ 奇しくも この日は友人(71)のお見舞いに行く予定にしていた。 難病のため この春左足の膝から下を切断した女性の所である。 県外に入院していたが 近くに転院してきたので 他の二人の仲間とともにやっと出会いに行ってきた。 以前、静脈瘤で手術した時にも治りが悪く他の所からの皮膚を移植したし、これまでにもよく分からない病で入院することの多いこの友、「膠原病」の一種らしい。 肺高血

冷凍ナメコ !!

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早起きして 雨戸を開け空を見上げたら ものすごくたくさんの 星が出ていた。 久しぶりにこんなにたくさんの星を見たような気がする。 空気は冷え切っている。 この秋(冬?)二度目の日本コバへ。 今回はこれまでとは逆で 政所から登る。 かなり急登が続き 汗をたっぷりかく。 中腹からは 数日前に降ったと思われる雪がまだ相当残っている。 尾根を歩くところでは風がものすごく冷たい。 頂上に近くなってからの谷には ナメコがちらほら見えだした。 しかし、カチンカチンに凍っている。 きれいなナメコで 夫は持参ののこぎりでゴリゴリ・・ ナメコは90%以上が水分らしいので これだけ寒いと凍っているのも無理はない。 凍っているナメコを袋に入れていると 手が冷たくて冷たくて・・・ 家の冷蔵庫に他の山友さんからもらったナメコも残っているが 手ごろなナメコを見つけるとやはり採ってしまう。 夫のナメコに対する執着心はかなり強い。 何しろ大勢のきょうだいとともに食料難の時代に育っているので  そのなごり(?)か、無理もない。 でも今シーズン初めての収穫だし かなり質の良いナメコをゲットできたので 大満足。 これは?? カタツムリみたいなキノコで初めて見た! 下山道では夕日が当たって のこりもみじがとてもきれいだった。 永源寺あたりの山並みはどっちも見ても色とりどりできれい・・・ 本日の歩数は 23,000ほど 今日のナメコは凍っていたせいで あまりゴミがついていなくて処理するのは楽だった。 ☆我が家のナメコレシピ ★収穫してすぐのナメコを昆布だしで豆腐と一緒にしょうゆ味で 煮ると美味。 ★たくさんのナメコは 酒、砂糖少々、しょうゆで佃煮にして保存。  作ったその日よりも翌日からの方がおいしい  佃煮はそのままでもおいしいが 大根おろしとともに食べるとより一層おいしい。 ★豆腐とナメコの味噌汁は定番!!かな? ★最近はまっているのは ナメコを3,4分ゆで しっかり広げ冷ましてから   出ししょうゆと酢 を1対1で合わせたものにつけ、赤唐辛子輪切りを加える。  酢が入っているので保存がきく ★ナメコカレー  豚肉(我が家のカレーは豚)、ニンニクと玉ねぎ以外は いれない

ゴミ出し

「お金はたまらないけれど ゴミだけはたまる」とはよくいう話。 確かにゴミは まぁ~よくたまる。 ゴミの収集日に合わせて前日に用意しておき 起床後すぐに集積所へ持っていくが 生ゴミを持っていくたびに 「だんだんこれも重くて持っていけない日が来るのだろうな」と感じている。 たった100歩あまりの距離だけれど 一週間分の生ごみは結構重い。 我が自治体は週2度の生ゴミ収集日がある。 生ごみ用の袋(有料)は 大、中、小の3種。 真夏以外は 中のゴミ袋を利用している。 先日新聞に「高齢者のゴミ出し」について書かれていた。 住民同士が支援する例、自治体が支援する例が 載っていた。 住民同士が支援するということは交流する機会も生まれ、災害の際の対応にもつながると言う利点があるようだ。 私の友人は ヘルパーをしているが ゴミの収集日に合わせて利用者さんの家に行き、ゴミを出している。おそらく介護保険を利用しているということだろうと思う。 ゴミの分別についても 「年齢を重ねると 分別もむずかしい」との記事もあった。 この地域では 細かい品目について 「〇は △ゴミ」 「〇〇は ▽ゴミ」と記載されたものに従って分類し、その収集日に合わせる。  若い頃は ゴミ出しについて悩むことがある、などとは考えたことなどなかった。 廃棄されるにしろ、リサイクルされるにしろ 細かく分けるのは当然のことと考え 少しでも再利用されるのなら・・・と せっせと分類していたが だんだんそれもおっくうになりつつある。 その立場にならなければわからないことが多い、と言うことで ≪この先 100歩ほどの集積所へ持っていくことも出来なくなったら・・・・その時にこの自治体はどうやって住民をささえてくれるのだろう?≫ とも 考えてみる。 手押し車を購入し それに乗せて運ぶ、その次の段階は  手押し車を押して歩けなくなったら・・・・ゴミを手押し車に乗せることもできなくなるかもしれない・・・最近月日の経つのがあっという間なので こうなる日もあっという間に来るのだろうか? ちょっと考えすぎかもしれないが。 それにしても 集積所にだされているペットボトルの量!!すごい! この頃若い人は「お茶は買うもの」と思っていて 急須でお茶を入れる人が少なくなっているということを聞いたことがあ

言うだけなら・・・

「国難」と言う言葉で衆院解散し 総選挙を行い 昨日の所信表明演説。 北朝鮮を戦後最大の危機、と言うのも聞き飽きたが 「2020年度までに・・」という言葉も聞き飽きた。 2020年は単なる通過点だと思うけれど それまでに  ◎幼児教育の無償化する  ◎32万人分の保育の受け皿を作る  ◎除染土壌を身近なところからなくす   ◎生産性革命の集中投資 この4つを2020年度までに達成する、と言うのだ。 これだけのことを成し遂げられたら そりゃたいしたものだと思う。 ただ、『言うは易し』 で あまり期待できるとは思えない。 皮肉たっぷり このうち一つでも完全に達成出来たら 拍手しよう!! これまでにも 働き方改革、女性の活躍、途上国支援、一極集中の是正など 聞こえの良いことばかり 口にするが その時だけのような気がする。 「アベノミクス」も「プレミアムフライデー」も 一体どこへ行ったの?と言いたい。 今世間では大相撲の暴力事件が発覚し マスコミはそればかり取り上げている。 もちろん忌々しき問題だと思うが モリカケ問題がその一方で隠されているような気がしてならない。 マスコミももちろん国民も もう少し 今考えるべきことは何なのか 注視しなくては・・・ 疑惑まみれの政治を許していたら この先も「知らぬ存ぜぬ」ですんでしまい 飛んでもない方へ進むのではないだろうか。

山の恵み

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鈴鹿山系か 比良山系か どちらにするか迷った末、 鈴鹿山系へ。 数日前から 「水曜日から師走並みの寒さ…」との予報。 山の上はさぞかし寒いだろう‥と リュックポケットには 早くから使い捨てカイロを用意していた。 しかし それほど寒くはなくてありがたく 期待していなかったナメコの収穫もあって 楽しい一日となった。 ナメコを採るのはとても楽しいが 帰宅後 洗ってゴミを採るのはかなり大変な作業。 しかし山の恵みをもらってきたのだから無駄にはできない。 あった~~おいしそう・・ 遠くに藤原岳が見える もう残ってはいないだろうと思っていたが まゆみの実があちこちきれいだった 石灰岩の下のドリーネ 下の奥には鍾乳洞ができているかも ヒメフウロ ボタンブチに残っていた 日当たりの良いところには ネコノメ草が・・・ 狂い咲きというのだろうか ちょうどよい大きさ  ♫ いろいろな ナメコ採り兵器 ! 登場! ストックの先に鎌をつけている 高いところのナメコはこうして・・ 倒れた木にもやはりナメコが・・・ おそらく先日の台風の影響だろう。 たぶん山から落ちてきた岩が当たり ガードレールが7,8mほど 崖に落ちていた 本日の歩数は約24,500

79歳  進化

いつも登っている山の頂上で話しかけてきた女性、話し好きな人でこれまでにも何回か登っているということだが娘さんと来ておられた。 「私がいちばん好きなのは ○○のそばを歩くこと、あそこは気持ちよいよ~」と その場所が本当に《お気に入り》というような言い方。 そして「そこのことを思うと ここはしんど~い」と。 79歳だという。 とてもそんなお年には思えない肌の艶の良さ。しわもあまりない。 その一ヶ月後位にまた出会った。 「娘が四日続けて休みなの、四日続けて来るわ~、今日は二日目だけれど 昨日よりだいぶ 進化 している!」と。 三日目にまた出会うと 「やっぱりおととい、昨日よりだいぶ楽!、明日も来るよ~、毎日のように登っている人の気持ちがよく分かる。気持ちいいねー♫」とニコニコしながら 話してこられる。 一緒にいる娘さんは 何も言わずただ黙ってお母さんがしゃべるのを聞いておられ、 いくら四日続けて休みでも なかなかそうそう母親との付き合いを優先する娘さんばかりでもないだろう、なんと親孝行な娘さんか!と 二人の親娘関係にも感心した。 女性の常連さんも大勢いるがやはり男性よりはぐっと少なく、 そして年齢も私が最年長くらいなので この79歳の女性がこれから先も時々来てくれるととてもうれしい。 この山に登っている男性の中には80歳をとうに過ぎている数人がいるが ほかの常連さんよりむしろ熱心に登っていて 雨の日でも皆さん傘を持参して歩いておられる。 そして 午後に黙々と登っている男性(昭和18年生まれ)は 朝夕、インシュリンをうち ペースメーカーをしているが 年間365回登るのが目標(雨で登れなかったら次の日には2回登るそう・・)と言われる。とてもゆっくりのペースだが 博学で 出会うといろいろな話を聞かせて下さる。 また 時々ここにも登っておられる昭和17年生まれという男性は 戦争中の栄養不足で右目の視力ゼロで 遠近感がつかめないが 若い頃から山好きであちこち登っているのでやはり山歩きはやめられず 鈴鹿や比良にもよく行く、と。 岩場などでは 這うようにして登っている どこの世界にもすごい人はいると思うが 自分がよく行く山でも 目標にしたい、と思えるような人が存在している。  そして登山家の田部井淳子さん、残念ながら昨年秋に亡くなられ

大はやり?

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去年の今頃友人がかぶっていた帽子のデザインがちょっと変わっていて 「これくらいなら私にでもできるかも?」と思い、 型紙を手に入れ 作ってみた。 ちょっと幼なすぎる布だけれど  山では派手目の方がいいので・・・・ トップとつばが分かれていて間にゴムを入れ 自分の頭の大きさに調節する。 私のように 移動に自転車を使うことが多いものにとって 自転車に乗っていても 帽子が飛んでしまうことがないので すこぶる便利! そして何より 山歩きの時にも 少々の風でも頭から離れることがないので ふだんの山で 常にかぶっていた。 「自分で作ったの?」「お手製?」と 聞かれ 次々と 「型紙を・・・」との要望があり あっという間にあの人もこの人も・・・・・ 山仲間の一人には 男性から「わしのも作ってほしい」と」注文が入り ついには男性も同じデザインで夏の間ずっとかぶっていた。   家の向かいのIさんは 古いエプロンを利用してかわいい帽子に仕立て そのうちに二人のお孫さんにも作り お嫁さんとの4人が同じデザインの帽子でお出かけ。 そうこうするうち 近所でも流行りだし、この団地の人も次々に「型紙、貸して~」と つくりはじめた。 私も「じゃあー秋バージョンを・・」と違う生地で作り10月からかぶっている。 電気ストーブ(スイッチは入れてません !(^^)!)に かぶせて  撮影  (^^♪ 長年一緒に体操クラブで活動している大先輩(83歳)が 今度は「その布地がものすごく好き、素敵~ 私にも作ってほしい・・・」と。 雑な縫い方で あまり人様にあげるような うでではないのだけれど 「そこまで言ってくれるのなら」と作り出した。 残念ながら布地が少し足りなくて つばの部分は一部縫い合わせたが 接着芯を貼っているので大丈夫そうで大喜びしてもらえた。 柄の出方が違うし 写真の撮り方でイメージが違うが同じデザイン

仲間だったのね  (^^♪

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台風21号と22号が2週連続で日本に上陸し、滋賀県もいろいろ影響を受けた。 10月と言えば最も山歩きを楽しめる季節なのに 今年は「行こう」という気持ちになかなかなれなくて・・・・ やっと実現。やはり比良山系を目指す。 申し分のない青空。 クサギの実 9/4に花を撮影したものがすべて実になっている 草木染にこの実を使うと 独特の色になり 染色家には珍重される 濃紺が実で赤く見える部分はガク 水曜日だが すでに車もずいぶんたくさん駐車してある。 晴れる日を待ちわびていたのはみな一緒なのだろう。 今回は珍しく大山口からダケ道を登る(結果的には帰りもここを通ることになったが…・) 少し遅いが 紅葉もいくらか楽しめた。 しかし登山道が大きく変わっているところがあちこちにあり びっくり! 根から倒れ 登山道が削られている (中央の木は別のもの) これが倒れ その下の二本の木も それに影響されたかのように倒れている 山仲間が 鈴鹿山系で ナメコをたくさん収穫したというので 「きっと比良でも・・・」と期待したのだが・・・・ ダケ道では収穫ゼロ。 北比良峠からの景色はすばらしく しばし ホッとして眺める 墨絵のよう・・・・ 最も手前に見えるのが先日訪れた沖島 北比良峠より八雲が原を目指すが 以前はたくさんついていた木のところへ行ったが 全くなし。 そのうち歩いたことのない森の中を歩き、私は一体今どこを歩いているのかわからない・・と思いながらさまよい やった見つけたと思えば 乾燥しすぎていて収穫する気にはなれず・・・ この木の上の方にもたくさんついているが すべて乾燥しすぎ!! でも あった~~♬ ♪ あきらめないでよかった。ぬめりは少ないが きれいなナメコ、ア~ヤレヤレ スキー場あとには きれいなリンドウが5,6本あり ラッキー!! ♪ その後オガサカ道を歩いた。 沢の水の音がものすごく 先日の台風での雨がいまだに影響しているのがよく分かる、 登山道の途中、何か所も倒木で道がふさがれており そのうちわからなくなった。 迷った末、 もと来た道を引き返し ダケ道を下山。 ほぼ降りきったところで追いつ