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梅雨の晴れ間に・・

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      7月3日にアップしたはずが パソコン不調で 公開されなかったので        再度5日に・・・ 近畿地方は 今年梅雨入りがとても遅く 「今年はひょっとして 梅雨はなし??」などと思ったが そうではなかった。 しかし、思ったほど降らない。 今日もいつもの山には登ることが出来た。 しかし、九州(特に鹿児島県)は 雨が降り続いているようで 今日は朝から「命にかかわる量の雨が降るので早めに 避難を・・・」と繰り返し放送されている。 土砂崩れなどの被害が最小限で済みますように・・・ 今年は オオバノトンボソウが固まって咲いているところがあり、 それがまたとてもきれいで「これぞ トンボソウ!!」と うれしくなる。 ノリウツギも今の時期、とてもきれいで 山歩きの足を止め、見とれてしまう。 これは雨の季節によく似合う花だと思う。 そして クチナシもずいぶんたくさん咲いていて 花の季節でないと気づかないものだから「あら?こんなところにもあったのね」っていう感じ。 クチナシの花は高いところに咲くので 画像はないが・・・ 何ヶ所か 珍しい実がついている木を見つけたが 何の木かわからない。ひょっとしたら 蔓かもしれない。 何人かに聞いてみたけれど 誰もが「??」 イチゴのような白い花が咲いていたので 食べられそうな 気がするがはっきりわからないので 口にはできない。 毎年通っている道なのにこれまで気がつかなかったのはなぜかな、こんなに目立つ実なのに・・・ 実を採ってみたら プヨプヨしていて 中はからっぽ。 【7月4日追記 思い切ってたくさんの樹木をアップしておられる方に 画像を添付してメールしてみた。 教えてくださった。 コジキイチゴ(別名フクロイチゴ ) だそう。 あまりおいしくはないが食べられるようだ。 バラ科キイチゴ属 果実の中が空洞になっていて、その形状を甑(こしき)に例えたのが語源でコジキに転訛した .という説があるらしい。 今の時期 カクミノスノキがあちこち目立つ実を付けていて これは歩きながらつまんでいる。 カクミノスノキも今年は実が大きいように思う。 それと ヤマモモの実が登山道に落ちてい...

国家の罪

19世紀後半から 長い間 ハンセン病はコレラやペストなどと同じように恐ろしい伝染病であると考えられていた。 主に皮膚や神経に感染する病だが 治療法が確立した現在では 感染した早い時期に治療を始めると 治癒する。 その後感染力が弱いということが分かってきたにもかかわらず 何んと平成8年まで隔離政策がとられ 患者のみならず家族までが白い目で見られ、まるで罪人のようにひっそりと生活せざるを得ない状態が続いていた。 なんということか・・・ 小川正子医師は 国立癩(らい)療養所長島愛生園につとめ, ハンセン病患者の治療と 院外患者の検診につとめ らい病治療に生涯関わった医師として有名であるが 【夫(セ)と妻が 親と子が生き別る悲しき病(ヤマイ)世になからしめ】 と戦前に詠んだ。 しかし らい患者で作家だった故 島比呂志 氏は  この歌に違和感を吐露した、という。 病が夫婦親子を引き離したわけではなく、  別れを強制したのは 国の政策であり らい予防法である   と。 本当にそうである。 間違った政策のために どれだけ多くの人が 隔離され差別された一生を送らなければならなかったのか・・・ 6月29日 ハンセン病 家族 訴訟 で、熊本地裁は元患者の家族が受けた差別と偏見の責任が国にあると認め 家族も賠償されることになったが これまでの人生はやり直しがきかないわけで どう考えても国が犯した罪はとんでもなく大きい、と思う。 上記の島さんの 詩を見つけたのでここに転記させてもらう。 病める樹よ 島比呂志 永遠の中の 一年がなかったら 永遠は存在しないということを 樹よ よく考えてみるがいい  どこからか吹いてきた悪病に おまえの枝や葉が 変形し 醜悪になったからといって 絶望してはならない なるほど 風が吹けば おまえは 仲間以上の危険にさらされるであろう 雪が降れば ひとしお寒さが浸みるであろう けれども 全力を挙げて耐えるがいい ありだけの生命の火を燃やすがいい やがて おまえの生涯が終り 板となり 柱となる日 苦しみに耐えて来た 一年一年が いかに美しい年輪となり 木目となることであろうか 樹よ 悪病を歎くことなく ありだけの力で生きるがいい や...

感謝離

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『感謝離』いいひびきの言葉! そして 『代謝離』も・・・・ この投稿を書いたのは89歳の男性。  おそらくとても仲の良いご夫婦だったのでしょう。 いつかは 処分しなければならない遺品と こういう風に別れられたら 最高だと思う。  「断捨離」を提唱した やましたひでこさんは この文章を読んで泣いた、そう。 ただ、物を捨てるだけでなく===よけいなものをそぎ落として宝物を再発見===使われなくなったものをご苦労様という気持ちで手放し=== 今の自分にふさわしいものを手に入れ===新しい自分を生きる これを断捨離と言いたい、のだとか。 思いだすことがある。 母が亡くなった時に たくさんの写真を処分したが あまりの枚数なものだから  一枚一枚眺めることもなく  ビリビリ破いて ゴミ袋に自動的に詰めていった。 せっかちな性格なのと 時間も限られていたものだから 能率ばかり考えて・・・ その中に 姪が大事にしていた祖母とのお気に入りの写真があったのに気づかず それもおそらく 他の写真と一緒に ゴミ袋に・・・・。 姪に指摘され、あわてて次の日の朝、ゴミ袋を点検したが結局見つからず。 まだデジカメではなかった、と思うが 誰のフイルムかもわからず・・・・あれと同じ写真はもう見ることが出来ない、 姪には申し訳ないことをしてしまった・・・ そして母にも申し訳ない。 いくら捨てるにしても もう少し 一枚一枚母と過ごした時代を思い出しながら 処分するべきだった・・・と。 

交配種もあるのか??

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友人が誘ってくれ ウチョウラン展を見に行って来た。 ビックリ!!びっくり! 愛好家がこんなに大勢いるとは・・・・ 300鉢近く 展示されていた。 もちろん同じ種類のものもあるのだろうけれど この頃ウチョウランは愛好家たちが交配させて次々新種が出来ているらしい。 展示室の隅の方で 小さな鉢作品を販売していて 「どうやって育てるんですか」と聞いている人がいてそばで聞いていたら「数日に一度の水やり 朝日があたり その後は木陰になるような場所・・・」というようなことを話していた。 自生のウチョウランを見つけるのは至難の業。 結構急峻な岩場などに 見つけられることが多いらしい。 しかしこうやって 大切に園芸種を育てる人はそれはそれで 楽しいのだろうと思う。 たくさんの作品を狭い場所に飾ってあるので 他のウチョウランが一緒に写ってしまっているし ピントもあってなくて・・・・ どれもきれいだし かわいい花だけれど個人的には 白っぽいのや淡いピンク系が「いいな~」と思いながら眺めた。 ここは 「水生植物園」なので 今の時期スイレン展もやっていた。 100種以上のスイレンがここにはあるらしい。 スイレンとハスとの違いについてもあちこちに書いてあった。 ハス    夜明け前に開花を始め 午後には閉じる      葉は 円形で切り込みがない      花は水面から高く突き出て咲く スイレン  日が登ってから開花し 日が沈むと閉じる      葉は 円形で切り込みがある      温帯性スイレン・・水面に咲く      熱帯性スイレン・・水面から突き出て咲く 大勢の来園者でにぎわっていた。 カメラ持参の人も多かった。 琵琶湖に近いので 景色もいいので 庭をぐるっと回ってみた。 ムラサキバナホウチャクソウ シダレエンジュ このシダレエンジュは 見事にしだれていて この画像は3畳間くらいの広さになっており ものすごく涼しい。 同じくこのシダレエンジュのトン...

居場所が ない??

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今年になってから いわゆる「ひきこもり」のことが ずいぶん話題になっている。 それも中年以上の引きこもりが多いらしい。 社会での居場所を失った理由も 家庭環境も様々な理由がある「ひきこもり」 そんな矢先、先月 川崎で 51歳の男性が殺傷事件を起こした。 その後、ほどなくして 引きこもりの息子を父親が「社会に迷惑をかける前に・・・」と殺すというなんとも痛ましい事件も起きた。 「ひきこもり」って我々が子どものころからあったのだろうか。 自分にはあまり記憶にはない。 今の社会状況が 生きにくさを生み出しているのでは?というようにも思う。 どういう理由で40歳から65歳の引きこもり状態の人が全国に60万以上にもなったのか? 「8050問題」という言葉もあるらしい。 引きこもる中高年と高齢の親が孤立する状態のことらしい。 知り合いの息子さん、ひきこもっている。たしか42歳のはず。 小学生時代の彼は 学校の先生にとっても親にとってもいわゆる「いい子」で育てやすかった、手のかからない子だったように思う。 ただし、彼は現在 外には出ないが 両親とは話をし、図書館にだけは行く。 まじめでしっかりしていたが 高校、大学と進むにつれ 他人と接触するのに違和感を覚えていったらしい。 でもこの新聞記事にあるように 親がいなくなったら どうするのだろうか。 素人が考えても どうしてあげたらいいのか わからないが 本人はもとより家族の日々の苦悩は 察するに余りある。 これまで 「ひきこもり」は ほとんど男性だと思っていたが この下の切り抜きのように女性もかなりいるらしい。 京都には 「市民の会 エスポワール京都」と言って引きこもりの人を支援する会があるらしい。 もっとも下の記事にあるように「困っている家族の不安につけこんで金儲けをたくらむ業者」もいるらしく どこの社会でも 自分さえよければ 悪いことをしてでも お金を稼ごうとする人がいるものだ・・・・ 京都の会のように 様々な方法で 引きこもりの人たちの居場所が たくさん増えるといい。