各々のノルマ

 いつも行っている山で数年前に出会った男性「心臓にペースメーカーを埋め込んでいる」と話してくれた。びっくりした。その時には ペースメーカーを付けたら普通の生活はできず そろりそろりと動かなければならないものだ、と私は思っていたから。その後何回か顔を合わせるうち 年齢も私と同じだということも分かった。「年、365回を目標にしている」そうで「雨で来られなかったら その補充として一日2回登ることもある」と言うので「うわー!すごい頑張り屋さん」と感心した。


また80代の好好爺は昨年暮れ「今年はどうにか730回になれそう(この山の登山回数)」と。毎日2往復しているのは知っていたし、雨でも傘をさして登っている人だが その瞬間「違う山に行ったりしているのに??それもいれている?」と思ったが ご本人によると「午後も登って一日4回のこともあるから」だって。立ち止まってほかの登山者とあまりしゃべることもなく ただひたすらせっせと登っておられる人だが 年間730回を目指していたとは・・・   県内の1,000m級の山にも年間数回は登っているらしい。  この彼とは十数年前頂上で初めて言葉を交わしたときに「65歳で定年退職し、その次の日から毎日登っている」と聞かせてもらい、 私もしょっちゅうこの山に登るきっかけになって回数を記録するようになった。ちなみに「自分に負けたらあかん!」とよく言っている。


ある50代の女性、土曜日曜しか会わないのに 平日登山道で出会ったので「あれ?お仕事休み?」と聞いたら 「土曜日こけて腕の骨が折れ、ギプスをしています。足は何ともないので・・・」だって。右腕のけがなので何もできず仕事を休んでいるらしいが 夫は思わず「もしまた何かあったら大変なのに」と伝えた。


もうずいぶん前には この山を一日で8往復した人もいる。百名山を踏破した人で その目標がなくなったためだったか? ひょっとしたらまだ 一つか二つ残していた時期だったかもしれないが・・・・「2,000mとか3,000mの山を登るのと また違いますか」と聞いてみたら 「そりゃ、ずっとこっちのほうがしんどい。もう二度としない」との答えだったが どうして 8往復しようと思いついたのだったか???聞いたかもしれないが忘れてしまった。


5年前に「この間 肺がんステージ4の診断を受けた」と言って出会いだした女性、登るのも早いし、走るように下っていく。しかし1年位前から「肺がんは 20代の時の甲状腺がんから転移していることが分かった」「肺がんの治療ではなく 甲状腺がんの治療をしなければならない」「ヨードを甲状腺に云々」「腕のリンパにがんが転移して 手術してもらった」そして最近は「背中に転移し 放射線治療をすることになった」と 山で出会うと いろいろ話してくれる。悲しい顔もせず 淡々と・・・ ほかの登山者も「落ち込んでそんな元気など でないはずなのにすごい精神力の人だね」と話していた。

背中の骨にがんがあるので「転んだらダメなのでホントは 山はやめたほうがいいのだけれど家であれこれ考えているよりも こうやってみんなに会って話を聞いてもらえるだけでも気がまぎれるから・・・」と。 話を聞いても難しい治療法のことなどもちろんよくわからないし、かける言葉もないのだけれど・・・・がんの治療法はめざましく進化しているから70代前半のこの女性にあう薬ができてほしいと願うだけ・・・


もう一人思い出した人がいる。やはり80代の好好爺。富士山に(5合目からだと思う)14回登っておられ、2019年には 高齢だから頂上で皆にお祝いしてもらった、と言っていた。まだまだ記録を伸ばしたいようで 足首に重りをつけ週2回この山に登っている。いつもニコニコしていて 去年「今年は富士登山禁止で残念ですね」と話すと 「代わりにこの近江富士に登っています」と。



これまでの経歴や出身地も違い、年齢も違う人たちと接することができるのも この山に登り顔見知りになったから・・・と思う。教えられることも多い。

ステイホームなどと言われている時期だからこそ よけい一生懸命になっている部分もあるだろう。皆それぞれにご自分の考えで行動しておられ 他人がどうこう言うことではないけれど そんなにかたくなにならなくても・・・と思う。そして山登りをしない人から見たら びっくりすることばかりかもしれないが ある部分 自分も似たところがあるような気がしている。


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